紙に手書きの文化をスマホで変えられる?
今回は、スマートフォンを利用した地域医療連携の実験について詳しく書いてみます。
連携実験用に用意したのはiPhone10台。それぞれ、ステーションに所属する訪問看護師に7台、老人ホーム看護師、患者家族、薬剤師に1台ずつ分配しました。分配先に選んだのは普段から当院とやり取りがあり、実験に賛同してくれた方々です。
世間一般の医療従事者の多くは、まだまだITに抵抗を示す人が少なくありません。そのため、こういったスマートフォンを仕事で使うことを嫌がる人も多いのではと思っていました。しかし、各ステーションを訪問してiPhoneを手渡ししたところ、意外にもみんな「使ってみたい!」とうれしそうに受取ってくれました。渡した人の世代は20~60代とバラバラでしたが、日頃から携帯メールやステーションのパソコンなどを操作しているからか、スマートフォンへの抵抗はあまり見られませんでした。
メーリングリストのメール文面その1。在宅医から筆者への依頼メール。(クリックすると拡大します)
「紙に手書き」の文化をスマフォで変えたい!
実験を進めるに当たり参加者にお願いしたことは、「積極的な患者情報の共有」です。
在宅医療の現場ではいまだに「紙に手書き」が主流です。電子カルテを導入している事業所はまだ少なく、各業務記録も紙に手書きがほとんどです。前回(記事はこちらから)で書きましたが、患者の主たる療養記録は患者宅にある「連絡ノート」であり、それは患者宅に行かないと見ることができません。そして紙に手書きをするという行為により、情報を紙の上だけに留めてしまい、多くの人間でその情報を共有するためには、紙を物理的に移すかFAXなどで変換するしかありません。結果的に紙に書かれた情報は共有されることもなく、ノートの上だけに留まっているのが現状です。
紙文化であるが故に、情報連携が難しいのでしょうか。もしそうなら、紙文化から脱却してデジタルデータの文化に変えるために、何(どんな端末)が必要なのか。それを確かめることが、今回の実験の大きな目的です。
まず、看護師に1台ずつiPhoneを渡したことで、訪問先の患者宅から状況報告のメールを発信でき、また在宅医からの情報をその場で確認できる環境が整いました。そこで、当院からの情報提供は当然として、参加者にはメーリングリスト(後述します)上での積極的な情報提供をお願いしました。
また、在宅医療では在宅医と看護師、ケアマネジャーなどが協力、連携して支える状況を構築することで、患者家族に大きな安心感を与えることにつながります。そこで、在宅医と看護師が行う情報のやり取りを家族も把握できた方が良いと考え、一部の家族にもiPhoneを渡し、メーリングリストに参加してもらいました。
メーリングリストのメール文面その2。訪問看護師からの情報発信の様子。(クリックすると拡大します)
メーリングリストは、「Googleグループ」という複数間で情報共有などができる無料のサービスを利用しました。患者の同意を得た上で各訪問看護師、在宅医などをメンバー登録し、参加者以外は見えない設定でメールを共有します(初期設定は当院で実施)。グループの作成自体は簡単でメンバーをネット上から招待するのみです(登録にはGoogleのアカウントが各人で必要になります)。訪問看護ステーションの多くは、仕事用に個別でメールアドレスを登録していないところが多いため、当院で一人ひとりのGmailアドレスを作成しました(全て無料でできます)。
メーリングリストでやり取りした内容は以下のとおりです。
【訪問看護師が発信した項目】
・患者のバイタルサイン
・症状や皮膚症状などの観察項目
・患者もしくは家族の疾患に関する不安や疑問点
・患者の生活状況(食事、排泄、運動など)
・往診医に依頼したいこと(次回往診時に薬の処方をお願いししたいなど)
【往診医が発信した項目】
・往診時の診療内容
・訪問看護師への依頼(状態観察や清潔保持などのケアについてなど)
・処方薬の内容
・訪問看護師から送られたコメントへの返信
・患者の今後の予測される病状経過、治療方針
実験の参加者には普段メーリングリストを使ったことがない人も多いので、せっかく設定してもあまり利用されないのではと不安に思っていましたが、訪問の合間などにメールの送受信を手軽に行えるので、結果としてかなり活発にメールが飛び交っていました。また、1回のメール送信で複数の関係者に同時に情報を送れるメリットは大きく、かなり効率の良い情報共有ツールであると分かりました。
そして、「連絡ノート」時代よりも、訪問看護師からの現状報告の件数や在宅医からの返信件数が増え、異職種間のコミュニケーションが活発になりました。メールは電話と違って、送信相手の診療やケア時間を遮ることがなく、自分の都合で対応できるので、結果としてやり取りが活発化したと考えられます。
さらに、iPhoneに搭載されているカメラ機能も、かなり有益です。慣れの問題はありますが、患者宅で撮影した写真をメールに添付するという作業が、従来の携帯電話に比べてかなりスムーズにできます。
ただ、メールのやりとりが増えるとデメリットも出てきました。数多くの情報がメーリングリスト上を飛び交っていたため、後で情報を振り返ろうとした場合、どのメールに書かれていたかを探すのが困難でした。Googleグループはメーリングリストの内容をパソコンで確認、検索したり、タグ管理ができたりしますが、そこまで使いこなす方はいませんでした。
Googleドキュメントのスプレッドシートを使った「患者宅物品在庫表」(クリックすると拡大します)
医材管理にもiPhoneを利用、したかったけど…
実はこうしたiPhoneの使い方以外に、医材管理についても実験を行ってみました。例えば、在宅医療の患者で多い例で、CVポート(皮下埋没型中心静脈ポート)から高カロリー輸液を24時間持続輸液する患者がいます。その管理として、定期的なポート刺入部の消毒やルート交換を訪問看護師が実施しており、消毒用物品やルート、フーバー針などは在宅医が準備します。
その際、いつ、誰がルートを使用し残数がどれくらいなのかを、どこにいても即座に知ることができれば、欠品を防げると考えました。これまでは患者宅に行ってから、物品の残数を確認したり薬剤を確認したりするのですが、事前に分かっていれば準備は容易です。そこで、「Googleドキュメント」のスプレッドシート(Googleのサービス上で行う、Microsoft OfficeのExcelのような機能)を使って管理しようと試みました。
具体的には、ネット上に作成したスプレッドシートを実験の参加者で共有設定(参加者以外には見えません)にしておきます。訪問看護師が患者宅で医材を使用した場合、その医材の種類や使用数をシートに記入します。それを後日、担当の在宅医が確認し、足りない医材があれば訪問時にそれを持って行き、今度は補充したことをシートに追記していくという流れです。最新の状況が一目でわかる管理表がネット上にあり、iPhoneを持っている参加者ならばいつでも見えるので、それぞれがきちんと書きこんでいけば、欠品の心配も無用になるとの目論見でした。ですが、スプレッドシートにアクセス(ログイン)する段階でつまずく人が多かったようで、結局あまり更新されませんでした…。
iPhoneのキーボード操作フリック入力。画面を指ではじくように入力します。母音で覚えるのがコツで、従来の携帯電話で親指入力するよりも早いのですが、慣れるまでは時間がかかります。
ITリテラシーが求められるスマホ
いろいろ進めてきた実験ですが、スマートフォンを使うデメリットについても明確になりました。まず、iPhoneの文字入力は従来の携帯電話とはかなり違います。文字入力用のボタンがなく、入力に手間取ってしまう人がかなりいました(フリック入力を難なく使えるようになるには、どうしても時間がかかります)。
また、スマートフォンには最初から入っている基本的なアプリケーションが入っています。自分でどんどん追加していくことができ、それらを組み合わせて活用できるのが魅力の1つです。しかし、複数のアプリケーションを使いこなすといったITリテラシーの部分は個人差が大きく、メールアプリ以外は全く触れなかったという看護師も見受けられました。逆に、ブラウザで文献検索したり、薬剤情報アプリから薬の情報を検索して調べたり、Youtubeなどの動画を見たり、ゲームをしてみたりと興味を持って使ってくれた看護師もいました。
ちなみに、前述のiPhoneを渡した患者家族(60歳後半の女性)ですが、やはりiPhoneの操作は難しかったらしく、結局メーリングリストのチェックしか使わなかったそうです。高年齢層にとって最低限の利用は可能でも、普通の携帯電話のように使いこなすには、相応の時間が必要です。
ただ患者家族からは、「往診医や訪問看護師がどのような治療やケアを行っているか、治療方針をどのようにして決めているのを理解できてよかった」という感想をもらいました。残念ながら今回の実験では、患者家族からのメーリングリストへの書き込みはありませんでしたが、使い方さえ飲み込めていれば、患者家族を含めたコミュニケーションが成立していたかもしれません。
このように、患者も含め在宅医療に関わる人の年齢層は、20代から60代と幅広く、当然、全ての人が高いITリテラシーを持っているわけではありません。むしろ、インターネットですら普段あまり利用しないという人が多い状況です。しかしながら、現在の「紙に手書き」という古いスタイルから「デジタル情報を記録」に変革することで、情報の使い方や共有の幅が飛躍的に広がるのです。
そうしたデジタル情報をやり取りするためには、身近なデバイスである携帯電話が一番有効であり、そのためには誰でも簡単に使いこなせる「わかりやすさ」が端末に備わっていることが必須条件であると思いました。iPhoneにおいては、少しその点が足りないという感じがしますが、扱う人間側としても、学習し、慣れていく姿勢が求められるでしょう。