2011年7月14日小板橋律子=日経メディカル
夏の暑さが引き起こす疾患は、熱中症だけではない。脱水により血液の流動性が低下し、心筋梗塞や脳梗塞も発症しやすくなる。さらに、糖尿病患者の低血糖発作や清涼飲料水ケトアシドーシスにも注意が必要だ。
「猛暑下での全身倦怠感は熱中症と考えがち。しかし、中には心筋梗塞が紛れ込んでいることがある」と注意を促すのは、洛和会丸太町病院(京都市中京区)心臓内科部長の浜中一郎氏。同氏は昨夏、熱中症との鑑別が難しかった急性冠症候群(ACS)患者を2人経験した(症例1、2)。
「心筋梗塞は夏も多く、熱中症に紛れ込んでいる場合がある」と注意を促す洛和会丸太町病院の浜中一郎氏。
胸痛を自覚しない心筋梗塞患者の臨床症状は、全身倦怠感や冷や汗など非典型的なものであり、熱中症と区別が付きにくい。夏の暑い盛りに、全身倦怠感や食欲不振を訴える患者が外来を訪れた場合、血液検査や心電図検査などを行わないで、安易に熱中症と診断、対応してしまうことは避けたい。
特に、心筋梗塞の場合、熱中症と誤診し、熱中症治療のための点滴による補水治療を行うことで、症状を重症化させかねない。浜中氏は、「症例1では、近医で受けた点滴により、うっ血性心不全が発症したと考えられる。その後の治療で軽快退院となったが、急変していてもおかしくはなかった」と振り返る。
また症例2では、肉体労働中に倒れた患者を同僚が熱中症と思い、しばらくの間、うちわであおいでいた。「もう少し早く搬送されていれば、救命できたかもしれない」と、浜中氏は残念がる。
症例1 熱中症と誤診し点滴加療(症例2とも浜中氏による)
2010 年9月。84 歳、女性。
糖尿病、高血圧の既往あるも、コントロールは良好。突然冷や汗を伴う全身の倦怠感を自覚。倦怠感が持続し、食欲も低下したため、同日、近医を受診。暑さによる脱水と診断され、点滴加療を受けた。しかし、次第に呼吸困難感が増悪し、2日後に再度、同じ近医を受診。精査を受けたところ、心エコーにて左室壁運動の低下とうっ血所見が認められた。急性冠症候群(ACS)によるうっ血性心不全の診断で紹介受診。心不全の治療後にカテーテル検査を実施し、左回旋枝近位部の完全閉塞を確認。ステント留置術による再灌流を得て軽快退院となった。
症例2 同僚が熱中症と思い込み、救急要請が遅れる
2010 年7月。61歳、男性。
コントロール不良の糖尿病、高血圧の既往あり。職場で肉体労働中に倒れ、職場の同僚が熱中症と思い込み、しばらくうちわであおいでいた。呼吸をしていないことに気づき、救急要請。救急隊到着時は心室細動を起こしており、心肺蘇生を行いつつ、救急搬送された。来院後の救急室における心肺蘇生で、心拍再開。心電図から心筋梗塞を疑い、緊急カテーテル検査を実施し、左前下行枝の近位部の完全閉塞を確認。ステント留置術により再灌流を得たものの、低酸素脳症を伴う脳幹障害による多臓器不全で死亡。
脱水しやすい高齢者に注意
厚生労働省の人口動態統計特殊報告(2004年)によると、夏には、脳血管疾患や心疾患、肺炎による死亡が減少することが示されている。血圧や血糖値は夏に改善しやすいことを日々の診療で実感している医療者にとっては、納得しやすいデータだろう。しかし猛暑時には、その常識を改める必要がありそうだ。
気温が32℃以上に上昇すると、特に高齢者における心筋梗塞、脳梗塞が急増するという台湾における研究結果がある(図3)。実践女子大公衆衛生学教授で生気象学会幹事の稲葉裕氏は、「気温上昇で脱水が生じ、脱水により血液の流動性が悪くなり、心筋梗塞や脳梗塞が生じやすくなると考えられる」と話す。節電志向が高まる今夏は、脱水を原因とするこれらの疾患の増加が懸念される。脱水を生じやすい高齢者では、特に注意が必要だ。
図3 心筋梗塞、脳梗塞、脳出血による死亡率と気温に関する調査結果
1981~91年における台湾での調査。心筋梗塞の死亡率は、気温が26~28℃で最も低く、気温が下がったり、30℃を超えると上昇する。脳梗塞も同様の傾向を示し、両者とも年齢が高くなるほど傾向が顕著。一方、脳出血は、気温が上昇するほど死亡率が減少する。* P<0.05(26℃、28℃、29℃と比較した場合) 、+ P≦0.07(同)。(出典:W-H Pan et al.Lancet 1995; 345:353-5.)
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図4 季節別脳梗塞病型割合(瀧澤氏による)
ラクナ梗塞の発症割合は冬に比べて夏に有意に高く(1.187倍 P<0.001※)、アテローム血栓性脳梗塞の発症割合も冬に比べ夏で有意に高かった(1.083 倍 P<0.01§)。一方、心原性塞栓症の発症割合は冬が夏に比べて有意に高かった(1.128 倍 P<0.001*)
実際、脳梗塞の発症数に関しては、大規模な国内の調査から、冬よりも夏の発症数が多いことが確認されている。中でもラクナ梗塞とアテローム血栓性脳梗塞が夏に増加する(図4)。これは、1998年から07年に163医療機関で脳卒中データバンクに登録された4万7782人の脳卒中患者を対象に解析したもの。その結果、脳梗塞が最も発症しやすい季節は夏(6~8月)であることが示された。
同調査をまとめた東海大神経内科教授の瀧澤俊也氏は、「一昔前の研究では、脳梗塞は夏よりも冬に多いとする報告が多かった。20世紀以降、日本の気温は上昇し続けている。今回の結果には地球温暖化などによる気温上昇が影響しているのかもしれない」という。また、「夏に、ラクナ梗塞やアテローム性の脳梗塞が増加するのは、比較的細い血管が脱水の影響を受けて詰まりやすいためだろう」と分析する。
脳梗塞は熱中症と同様に意識障害を生じるが、手足が動かないなどの随伴症状を伴うため、熱中症との鑑別は比較的容易かもしれない。ただし、熱中症と同じ脱水に起因して発症するため、熱中症の患者が脳梗塞を併発する可能性もある。心筋梗塞も同様だ。
「夏には低血糖や高血糖への注意も必要」という名古屋第一赤十字病院の山守育雄氏。
心筋梗塞の季節別発症数に関する大規模な国内調査の報告はないが、浜中氏は、「心筋梗塞で担ぎ込まれる患者が一番多いのは確かに冬。だが、夏にももう一つのピークがある」と自身の印象を語る。
低血糖発作も要注意
「夏には、暑さによる食事摂取の不良が生じやすく、糖尿病患者の低血糖発作も起こりやすい」と語るのは、名古屋第一赤十字病院(名古屋市中村区)内分泌内科部長の山守育雄氏。
山守氏らが、同病院に救急搬送されてきた低血糖昏睡患者を解析したところ、低血糖昏睡は比較的夏に多く(図5)、また、その原因としては食事摂取不良が圧倒的に多かった(図6)。低血糖昏睡は、インスリン投与を受けていた患者だけでなく、経口血糖降下薬(特にスルホニル尿素[SU]薬)の投与を受けていた患者でも多かった。また、SU薬投与下で低血糖昏睡を生じた患者のほとんどが60歳以上の高齢者だった。
図5 季節別の低血糖昏睡患者数と月別HbA1c値(図6とも山守氏による)
低血糖昏睡で搬送された患者数は、夏(7~9月)に多い。折れ線グラフは2003~11年5月までの外来患者全員のHbA1cの月別平均値。
山守氏らは、03年以降、外来患者を対象にHbA1cの季節変動を調査している。その平均値は、3月が一番高く、9月が一番低いというもの。「HbA1c値は、1~2カ月遅れで血糖値を反映するため、年末年始に血糖が最も上がり、暑さで代謝が活発になる夏に最低になると考えられる」と山守氏。「血糖値は季節的に変動し得ることを念頭に起きつつ、低血糖発作を起こさないように処方内容を調整する必要がある。特に、SU薬は、日ごろから投与量に気を配ることが重要」と山守氏は話す。
図6 低血糖昏睡の誘因
誘因理由が明らかな患者のデータ。圧倒的に多い理由は、食事摂取不良だった。
加えて山守氏は、糖分の多い清涼飲料水の飲み過ぎで生じる急性糖尿病である清涼飲料水ケトアシドーシスの患者も夏に散見されるという。「社会的に熱中症対策の重要性が浸透してきているが、スポーツドリンクの飲み過ぎで生じる新たなリスクに関しても、啓発を進める必要がある」と強調する。
低血糖発作や清涼飲料水ケトアシドーシスでは、動悸や口渇、全身倦怠感、意識障害など、熱中症と似た臨床症状を呈することがある。これらの疾患も熱中症の鑑別疾患に入れておくことが必要だろう。
高血圧患者は脱水に弱い
高血圧患者も夏に注意が必要だ。
「高血圧患者は血流の恒常性を維持する能力が低下しており、脱水による循環器系への負荷が重くなりやすい」と説明するのは、今鷹医院(東京都小平市)院長の今鷹耕二氏。また、高血圧患者では、疾患管理のために塩分制限が行われることがあるが、過度の塩分制限は脱水のリスクともなる。
今鷹氏は、「発汗の多い夏に塩分摂取制限を厳しくする必要はない」という考えだ。その理由として、「塩分摂取が血圧上昇に寄与している患者はそれほど多くない」と話す。加えて、一般的に高血圧患者の血圧は夏に下がりやすい。「平均して約10mmHgは下がる」と今鷹氏。そのため、気温の上昇とともに血圧が基準値内となる患者に対しては、降圧薬の処方を減らしたり、中止してフォローアップのみを行うことがあるという。脱水対策としては、適度な水分摂取に加えて、アルコールの飲み過ぎにも注意が必要だという。