やはりメタボリック関連を薬で治すと言う発想がまだ分かっていないネットワークのカオスの世界を超えるにはまだ至らないのだろう
2011年7月14日古川 哲史=東京医科歯科大学
New Insight from Basic Research
冠動脈疾患患者のHDLは内皮機能を傷害する
「低比重リポ蛋白コレステロール(LDL-C)は悪玉コレステロール」、「高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)は善玉コレステロール」という図式が一般に浸透している。メタボリック症候群の診断基準の1つにも「HDL-C<40mg/dL」とあり、HDL-C値は高いほど冠動脈疾患リスクは減らせると考えられている。
そこで製薬会社はこぞって、HDL-CからLDL-Cにコレステロールを輸送する分子であるCETP(cholesterol ester transfer protein)の阻害薬の開発に参入した。CETP阻害薬は期待通り、あるいは期待以上にHDL-C値を上昇させた。つまり、これまでの薬剤ではHDL-C値を20~30%上昇させるのがせいぜいだったが、CETP阻害薬はHDL-Cを70%以上も上昇させたのだ。
ところが、冠動脈リスクの軽減効果に関する臨床成績は意外なものだった。CETP阻害薬torcetrapibの12カ月間の投与によりHDL-C値は72.1%上昇したにもかかわらず、心血管イベント発生率(プラセボ群:373/7534例 vs. torcetrapib群:464/7533例)、総死亡率(プラセボ群:59/7534例 vs. torcetrapib群:93/7533例)とも、下がるどころか有意に増加してしまった(N Engl J Med. 2007;357:2109-22)。
また24週間のanacetrtapib投与によってHDL-C値は146%上昇したが、心血管イベント発生率はプラセボ群で2.6%、anacetrapib群で2.0%で、若干の改善が見られるにとどまった(N Engl J Med. 2010;363:2406-15)。
このような混沌とした状況の中、Journal of Clinical Investigation誌2011年7月1日号に発表されたChristian Beslerらによる論文は、注目すべきものだった。
「冠動脈疾患患者でのeNOS活性化経路に対するHDLの有害作用のメカニズム」
Mechanisms underlying adverse effects of HDL on eNOS-activating pathways in patients with coronary artery disease.(Besler C, et al. J Clin Invest. 2011;121:2693-708. doi: 10.1172/JCI42946. Epub 2011 Jun 23.)
この論文では、健常者および冠動脈疾患患者から採取したHDLを使って、血管内皮細胞に対する作用を比較している。
具体的には、年齢、性別、体重指数(BMI)、血圧、コレステロールプロフィールなどの臨床背景をマッチさせた健常者、慢性冠動脈疾患患者(sCAD)、急性冠症候群患者(ACS)、各25例からHDLを調整し、血管内皮細胞に対する作用をin vitroで比較した。健常者からのHDL(HDLHealthy)に比べてsCADやACSからのHDL(HDLCAD)では
・内皮細胞の一酸化窒素(NO)産生の抑制
・活性酸素種の産生の増加
・内皮細胞への単球接着の増加
・傷害内皮の再生の抑制
など様々な有害作用が観察された(図1)。
図1 HDLHealthyおよびHDLCADの、内皮細胞機能に与える作用の違い(写真:古川)
図2 分子レベルでみたHDLHealthyとHDLCADの作用の違い HDLHealthyはSR-BIに結合しeNOS活性を上昇させるが、HDLCADはLOX-1に結合しeNOS活性を抑制する。これはリポ脂質の酸化を抑制するPON1活性がHDLCADでは減弱していることによる。
HDLHealthyはスカベンジャー受容体SR-BIに結合し、内皮型NO合成酵素(eNOS)を活性化する(図2左側)。一方、LDLは酸化LDL受容体LOX-1に結合し、eNOS活性を減弱する(図2右側)。
ところが、HDLCADはSR-BIだけではなくLOX-1にも結合し、eNOS活性を減弱したのである。すなわち、HDLCADは悪玉のLDLと同じ作用も有することになる。
それではなぜ、HDLCADはLOX-1にも結合するのだろうか?そこにはHDLに付随し、心血管イベントに深く関与する蛋白である「PON1(paraoxogenase-1)」がかかわっている。
PON1は192遺伝子座に遺伝子多型R/Qがあり、この遺伝子多型が冠動脈イベントリスク(JAMA 2008;299:1265-76.)、抗血小板薬クロピトグレルの臨床効果(Nat Med. 2010;17:110-6.)に関与することが報告されている。
PON1はリポ脂質を酸化から保護する作用を持ち、このためPON1が付随しているHDLは酸化されず、LOX-1に結合することはない。PON1が付随しないLDLは酸化を受け、LOX-1に結合する。
理由は不明だがHDLCADはPON1活性を抑制するので(この理由が重要だろうという気もするが・・・)、HDLの一部が酸化されLOX-1に結合し、eNOS活性を抑制するようである。
本論文の結果が示唆するところは意義深い。CETP阻害薬torcetrapibの臨床成績が意外だったことの原因として、torcetrapibのoff-target効果、特にアルドステロンレベルを上昇させ高血圧をもたらしたことが指摘されていた。だが実際には、torcetrapibの主作用自体も有害作用の原因だった可能性が示唆される。
ただし本論文でも、HDL-Cは低い方がいいと言っているわけではない。基本的にHDL-Cは高い方がいいのだが、冠動脈疾患患者ではやみくもにHDL-C値の上昇を目指すのではなく、HDL-Cの質と量の両方の改善を目指す必要があることを示唆している。悪玉HDL(酸化HDL)を、善玉HDLから区別して測定する検査法の開発が待たれる。